映画『ダンケルク』感想~「撤退戦」の臨場感~

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2017年 イギリス・フランス・アメリカ・オランダ

監督 クリストファー・ノーラン  

おススメ度:★★★★☆

 

やや異色な戦争映画です。

 

戦争映画といいつつも、手足が吹き飛ぶ的な描写は一切なし。 また。ストーリーはいたって淡白、かつドライ。なんせ、登場人物を掘り下げる描写が一切なしで、全員プロフィール不明。主人公の名前すら明かされない。

 

また、この映画は、3つの異なる時間軸で進むシーンが同時進行していくという、変則的なスタイルを取っています。よくあるハリウッドの戦争映画とは、描き方がまったく違っていて、まさにイギリス映画という感じです(←偏見入ってます)。

 

ダンケルクの戦い

 

この映画は、第二次世界大戦の実話が元になっています。「ダンケルク」はフランスの地名です。

 

「ダンケルクの戦い」の経緯は大体こんな感じ。

 

1940年、ヒトラーのナチス政権下にあるドイツがフランスに侵攻。イギリス・フランスの連合軍がそれを迎え撃ったものの惨敗。40万の兵がダンケルクの海辺に追いつめられる。イギリスは撤退を試みるものの、ダンケルクの海辺は遠浅のため、大きな艦隊を使えず、一度に多くの兵士を撤退させることが不可能だった。そんな中、遠浅でも乗り付けることができて、かつ魚雷に狙われにくい民間船が、イギリス兵を救出しに行き、結果40万人の兵士が撤退に成功する。

 

本作は、その「大撤退劇」を描いた映画です。

 

ちなみに、作中ではその背景はまったく説明されません。

 

映画は、イギリス兵が撤退し始めているところから始まるため、観客はいきなり物語の中に放り込まれることになります。観客が分かることは、主人公が戦場から必死で退却しようとしてるという事実だけ。目の前のシーンに対しての説明がまったくないので、正直置いてけぼりを食らうような感覚も味わいました。

 

ただ、この映画の醍醐味は、臨場感と緊迫感とリアリティです。実際の戦場に放り込まれたら、刻一刻と迫りくる目の前の状況に、何が起こってるのかよく分からないまま、臨機応変に対処することになると思います。この映画を観ていると、自分も兵士になったような気持ちを味わえるような、そんな演出が成されています。ある種、実験的な映画ともいえます。

 

個人的に、この映画でもっとも印象に残ったのは、フランス兵のギブソン(本名不明)です。

 

ギブソンは英語が話せないので、主人公とは一言も会話しません。にも関わらず、「戦場から逃げたい」というお互いの気持ちが一致し、不思議と2人息のピッタリ合った行動を取るようになります。ここは面白いところだと思いました。人は言葉が通じなくても、意気投合することが可能なのだということを、うまく表現しています。

 

で、このギブソン、序盤でイギリス兵の遺体から服をはぎ取り、イギリス兵のふりして、ドサクサに紛れて逃げようとするという、ズルイことをしています。しかし本当はいい奴です。

 

例えば、主人公たちが乗り込んだ戦艦に、魚雷が撃ち込まれるシーンがあります。

 

この時、船内に猛烈な勢いで水が流れ込み、船内にいた主人公たちイギリス兵は、あわや溺死しそうになるのですが、たまたま外にいたギブソンが入り口のドアを開けてくれたおかげで、脱出することができたというシーンです。

 

ギブソンは初め、魚雷が被弾した瞬間すぐに海に飛びこもうとします。しかし、ハッと思い返して船のドアを開けに戻ります。もちろん船の中のイギリス兵たちを救うためです。そのうえ、無事に海へと脱出できた主人公たちが、救命ボートに乗り込もうとして、無情にも「定員オーバーだ」と拒否されたときも、先に救命ボートに乗っていたギブソンが、こっそりロープを投げてやり、主人公たちがボートからはぐれないようにしてくれたりします。明らかにイイ奴である

 

しかしこのギブソン、残念ながらこの善意は報われません。

 

主人公、ギブソン、その他イギリス兵たちは再びダンケルクの浜辺に漂着します。その浜辺に座礁した漁船を見つけ、船に潜んで満潮で船が浮くのを待って脱出するという作戦を思いつきます。

 

ところがドイツ兵からの銃撃を受け、船に穴を開けられ、しかもその穴から水が入り込んできます。その船の船長は「船が軽くなれば、浮きあがって沖に出られる」と言います。加えて、暗に「お前らがいるから船が重いんだよ!」という意味のことを言います。

 

当然「誰かが船を降りろ」という話になります。で、フランス人であることがバレたギブソンは、「お前が降りろ!イギリス人じゃねーんだから!」と銃を突きつけられてしまいます。

 

主人公は「彼に命を救われた」とかばうものの、他のイギリス兵たちにとって、イギリス人ではないギブソンは真っ先に切り捨てるべき人物だったのでした。

 

極限状態で、ギブソンは彼らを救い、彼らはギブソンを見捨てる。

 

ここの対比は何とも言えない気持ちになりました。人の善意が報われるとは限りません。ましてや非常事態においてはなおさらです。キレイごとではすまされないのが、人間の世界というものなのです。

 

さらに、船が沖に出ていることに気づいた一人が、「船を捨てろ」と叫び、皆いっせいに船から脱出し始めるが、英語の分からないギブソンは逃げ遅れ、無情にも溺死してしまいます。

 

アメリカ映画だと、ギブソンのようなキャラは「実は生き残ってました」みたいな終わり方をして、ハッピーエンドになることが多いが、そこはシニカルなイギリス映画(←偏見入ってます)。そういうご都合主義的な展開はありません。「善人が生き残る」なんて保証はどこにもないのです。

 

クライマックスのシーンも印象に残りました。

 

撤退から一夜明けた日の新聞には、撤退に成功した兵士たちを賛美する記事が載っています。駅に着くと、撤退した兵士たちは、熱狂と声援で迎えられます。まるで勝ったかのように。実際は負けて撤退しただけで、ドイツ軍の侵攻の脅威も消えていないのにも関わらず。

 

ラストシーン。主人公は、新聞に書かれているチャーチル首相の「偉大な撤退が成功した!イギリスは絶対に負けない!迎え撃つ!勝利する!」といった内容の声明を読み上げた後、最後にほんの一瞬「…ん???」という顔をし、エンドロールに切り替わって、映画は終わります。

 

ここ、うまく含みを持たせているシーンだと思いました。

 

ここのシーンをどう解釈するかは、人によって分かれると思います。一瞬なので、見落とす人もいるでしょう。ちなみに僕は「え、負けて逃げ帰ってきただけなのに、何で英雄扱いされてるんだ???」という意味だと受け取りました。

 

いずれにせよ、最後のその「含み」があったために、

 

絶体絶命の状況から40万人を撤退させたイギリスすげえええ!イギリス万歳!ということが言いたい映画ではない、

 

という印象を抱きました。

 

感想まとめ

 

この「ダンケルク」という映画、冒頭に書いたように、ドラマ性はほとんどありません。

 

その代わり、戦場の臨場感とか、緊迫感みたいなものに卓越したものを感じました。ドラマ性を削ぎ落して、そこの表現に特化したみたいな映画です。評価が分かれるとしたら、その「ドラマ性の低さ」の部分でしょう。

 

僕自身は、ところどころに散見されるシニカルな表現や、まるで自分もその場にいるかのような臨場感を味わえて、わりと楽しめました。

 

よくあるベタな戦争映画とは違う、変化球的な映画だといえます。